つまり、自分の飲み物を同僚に頼まない代わりに、自分が外に買いに出る時も、他人の飲み物は買って来ない社員には自然に声がかからなくなる。
これは、仲間はずれでも意地悪でもない。 ごく自然に、相手の「そうした習慣に加わりたくない」という意思を尊重して、「ギブ.アンド・テイク」の原則が働いているのである。
それまでこの習慣に参加していなかった社員が、「コーヒーを買いに行くけど、何か買って来て欲しい人はいるか?」と声をかけたら、その人はその瞬間から、この職場のささやかな習慣の参加者と見なされる。 そして、その声に応じて、「モカコーヒーを買って来てくれ」「私はミルクティ」などと注文を出した社員は、この次からお返しに、この社員に同じような声をかけるようになる。
これも、「ギブ.アンド・テイク」の原則である。 ドライといえばドライであるが、こういう簡潔な関係も良いのではないだろうか。
ひるがえって、今の日本や日本人を考えると、旧来の義理・人情どころか、こうした「ギブ・アンド・テイク」の義理堅ささえ存在するかどうか疑わしい。 自分の用のある時だけ、電話をして来て頼み事をするが、あとは知らん顔という人が増えている。
こういう手合いは、「ギブ.アンド・テイク」の精神すら持っていない。 日本人の伝統的な心配りというものは、経済のバブルが顕在化した八○年代後半以降急速に失われたというのが私の実感だが、残念ながらその後、復元された様子はない。

だから、日本人が義理人情に厚い浪花節的民族で、欧米人は「ギブ.アンド・テイク」のドライな民族だとはいう考えは間違いである。 それは、ステレオタイプの見方に惑わされた錯覚に過ぎない。
悲しいことだが、イギリス人の「ギブ.アンド・テイク」の義理堅さを、現代の日本人が果たして持ち合わせているかどうか、私ははなはだ懐疑的である。 欧米の企業にはいわゆる生涯雇用という発想がない。
社員には長く働いて貰いたいが、事情によってはそれもかなわなくなることがある。 まず、社員に能力がない、とみなされた時である。
金融街のファンドマネジャー(顧客の資産を運用する)や、セールスマン(株式や債券の売買の「でも、昨日の夕方までそこに座って、私と話をしていたのだよ」「そうさ、その後、五時頃に人事課に呼ばれたんだ。そこで解雇を通告され、会社のIDカードを取り上げられた。私物だけ持って出て行けと言われたのさ」企業によって社風の違いもあり、多少方法も異なるが、成績があがらないセールスマンには一、二度、警告が与えられ、それでも改善しない時は解雇される。

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